上市町ではたらく

技術ノウハウを詰め込んだ金型を製作

株式会社 碓井製作所

耐熱性と強度に優れたエンジニアリングプラスチック(自動車や家電機器に使用)の成形加工と、精密金型の設計・製作を行う会社。成形の技術ノウハウを全て投入して作った金型で、国内有名メーカーの自動車部品などをメインに作っている。代表取締役の碓井雅人さんは先代と一緒に創業した2代目。技術部隊が営業も兼ねているため、お客様のニーズに合わせて迅速な対応を実現。上市町正印に本社(成形工場)と稗田にテクニカルセンター(金型工場)を持つ。

代表取締役 碓井 雅人さん(65)

代表取締役 碓井 雅人さん(65)

 
 

ものづくりの技術の集約は金型にあり

正印にある本社(成形工場)

正印にある本社(成形工場)

――創業の経緯を教えてもらえますか?
 昭和48年3月、私が24歳の時に父親と2人で創業しました。高校卒業後、県内の同業の会社でサラリーマンをしていて、30歳を過ぎてから自分で起業しようと思っていたんです。親父にも協力してほしかったので、私の方が親をこういう業界に引っ張り込んだ形です。そうしたら、親父は努力家で経営感覚もあったので、親父の方が自分で早く創業したいと逆に引っ張られた。だから親父には社長として銀行とか総務関係を任せて、私はものづくりを担当しました。あんなパートナーは2度と現れませんね。親子だし、人前で怒鳴り合いのけんかもしたけどやることの意見が違うだけで、分かり合えるものなんです。2代目として社長になったのは、35歳か36歳の時です。

コンビネーションスイッチなどの自動車関連部品を製造

コンビネーションスイッチなどの自動車関連部品を製造

――平成27年3月で創業42周年になられるんですね。
 はい。この業界で、かれこれ半世紀になります。最初は家電・弱電(使用する電力が少ない通信機械)部品をメインに、設備に当てはまれば何でもやっていました。でも、創業した昭和48年12月から第一次オイルショックが始まり、ひどい目に遭いました。トイレットペーパーや洗剤もなくなり、孫請けやひ孫請けの仕事をしていたうちの会社は真っ先に仕事がなくなったんです。それをきっかけに自分で仕事を取りに走りました。同業者の孫請けから抜け出せたのはそのためです。精密小物をメインにすると決め、設備も合わせて入れ替えていきました。金もないのに(笑)。

車載用電装部品

車載用電装部品

――精密小物を選ばれたのはどうしてですか?
 富山県はプラスチック産業が盛んで、奨励産業だから創業された会社が多いんですよ。当時、精密小物を専門にやるところが少なかったので、それならしようかと思ったんです。目指したのは、金型から成形、アッセンブリ(組み立て)までやってお客さんに届けること。アッセンブリが付加価値になるんです。何事も付加価値の高い仕事が1番ですから。

最新鋭の放電加工機

最新鋭の放電加工機

――付加価値って大事ですよね。
元は金型が1番やりたかったんですが、1番設備投資が大きい。資本がかかるので最後になりました。昭和54年に法人化し、昭和58年に金型工場を建設して金型を始めました。
――どうして金型が1番やりたかったんですか?
成形の仕事の技術ノウハウは金型に入っていくからなんです。成形のためにもっとここをこうしたらいいとか、そんな工夫は金型に反映されるということです。だから、金型を外部の専門業者に頼んでいては本当の技術ができない。金型をやらないと、作ったノウハウは全て外部に出て行ってしまう。それで、どうしても社内でやりたかった。今では金型の加工は、マシニングセンター、放電させて金型を削る放電加工機などで行っていて、技術はデータとして残るようになっています。金型の会社は上市町にはほとんどないですよ。今ではアッセンブリは本社でなく、海外の工場でやるようになりました。

タイに進出した工場が飛躍的に成長

バンコクにある工場「タイウスイ」

バンコクにある工場「タイウスイ」

――海外に進出されたのはなぜですか?
 1985年頃、世界の生産拠点は4ブロック化され、それについていかないと生き残れないと言われ始めました。真剣に考えてアメリカも検討しました。その時にカラーテレビの組み立て生産が東南アジアに移るにつれ、当時生産していた高圧ユニット部品について、高電圧が危ないので海外に進出してくれないかという話がありました。それでタイを選びました。今ではタイも日本と変わらないほど経済発展していますが、バブルの終わり頃は反日どころか排日だと言われるくらいで、道も舗装されていないし言葉も分からなかった。でも、周りの人の協力といろんなことに恵まれ、平成2年にタイのバンコクに工場と事務所を作りました。人ってありがたいね。

311人の従業員が働くタイ工場

311人の従業員が働くタイ工場

――タイの工場ではどんなものを作られているんですか?
 タイには家電・弱電を移し、テレビの高圧ユニット部品(高電圧を発生させる変圧器)やフォーカスパック(電圧調整回路)を作っていましたがブラウン管テレビが無くなり、今は車載部品が中心です。当時フォーカスパックは世界の約48%がうちの製造でした。今では年間22億円ほどの売り上げがあり、従業員も311人と、本社より大きくなった。タイの人は積極的で優秀なので、役職のある人は日本語も通じます。うちは定着が良くて離職率が低いのも特徴で、正社員255人中、勤続5年以上は100人以上います。日本人と分け隔てなく、対等の付き合いをしています。タイの工場から有望な人を研修生として受け入れ、日本で6か月間技術を身につけてもらい、タイの技術力向上に役立ててもらっています。
――タイ工場ができてからの変化は?
 仕事が海外に出ていったから、なくなった。人より先に仕事の空洞化です。だから自動車部品に切り替えました。今では70%は自動車部品です。私は毎月タイと日本を行ったり来たりなので、さすがに体がしんどくなってきた(笑)。会社が違い、経営数値が違うので、頭の切り替えが必要です。

資格支援を奨励して作る少数精鋭チーム

――日本の社員の方はどんな方がおられますか?
 現在、本社には正社員からパートまで含めると78名の社員がいます。これは少ないですが、少数精鋭で仕事をしてもらっています。うちの会社はものづくり以外無いので、ものを作ることで「こんな楽しいことはない」と思ってもらいたい。海外事業所もあるので、積極的に前向きにいろんなことをやってもらえるような人がいいですね。本社も定着率が良く、辞めていきません。新卒の採用は8年前から毎年続けていますが、中堅である35~40歳の人が少ないので、その年代でいい人がいたら採用したいと考えています。健康で積極的に考えて動ける人なら経験は問いません。ただ、機械のセッティングには最低知識で三角関数なども使うので、計算ができないとダメですね。徹底的に理系です。
――資格支援とかもありますか?
 はい。国家試験であるプラスチック成形の技能士資格を奨励していて、資格を取ることで技術的なレベルを評価する要因にもなるので本人のやる気につながり、手当もつきます。取りやすいように会社の体制も整えていて、講習や受験日も仕事の出勤日として扱います。受験料は1回分を会社で出すので、初回で受かれば本人の負担はありません。
――ほかにされている活動などは?
 親成会(しんせいかい)という社員の組織があり、選挙で決まった会長などの役員が社員の親睦行事、例えば忘年会やボウリング大会などの行事を企画します。会社は補助金を出すだけです。
――社員さんの自主組織があるんですね。あと、会社周辺の清掃活動もされているとか。
 そうです。毎年2~3回、社会活動として工場周辺の除草と空き缶・ゴミ拾いを行っています。うちはお客さんが電車で来られたら最寄りの駅が相ノ木駅なんです。だから快く出迎えるために、相ノ木駅や周辺の掃除もしています。
――お客さんが相ノ木駅に降りた時の印象が、上市町や碓井製作所さんのイメージになるということですね。

設備に合えばギブアップなし

経営理念は独自性とプロフェッショナル

経営理念は独自性とプロフェッショナル

――お客さんに対して心がけておられることは何ですか?
 うちは営業部門ってないんですよ。お客さんが「持って帰って返事します」っていう「御用聞き営業」は嫌がるんです。ですからうちは技術部隊が営業を兼ねていて、返事が早い。「この形状は非常にむずかしいですよ」「形状をこの様に変えれますか」「金型はこれくらいです」と、何もなしで帰るのとはえらく違う。そういうのもサービスだと思ってます。
――その場で返事が出せるということですね。

昭和63年から定められた品質管理基本方針

昭和63年から定められた品質管理基本方針

 そうです。15年くらい前から設備のサイズに合ったものなら何でも作れるようになりました。うちは100%注文受です。日本の有名自動車メーカーの車のコンビネーションスイッチやストップランプスイッチなど、人の安全にかかわる重要保安部品を作ってリピートオーダーが来ます。仕事は納期を守って品質を保ち、当たり前にこなす。お客さんから何か頼まれたことで、ギブアップしたことはありません。とんでもない赤字出しながら作ったものはあるけど、お客さんが商品化できなかったものは今までない。商品の写真も見せてあげたいけど、「軽自動車のこの部品」って、販売される前は秘密ですから写真も出されないんです。
――そうなんですね。では、やりがいを感じられるのはどんな時ですか?
 今の喜びは、自分で思った通りの数字が結果に残せたら嬉しい。昔はものを作ってできあがった時の満足度が高く、これほど楽しいことはないと思っていました。2つの内、どっちが正しいかなと白黒繰り返していく。「多分こっちかな」と考えて試し、「やっぱりそうだった」「次は違ったな」とできていくんです。思った通りになったら非常に嬉しい。だけどそれをいつもやってると本音しか言えなくなる。営業的な言葉や冗談も言えなくなり、きつくて核心を突く言葉しか出てこなくなるんです。今はそれを変えないとだめですね、商売人にならないと。
――職人気質ですね。
 まさに職人ですよ。ものをあまり喋らなくなる。工場の機械が同じ動作を繰り返して動いている音をずっと聞いているから、たまにその音と違うと調整が足りないと分かったり。
――すごいですね! 長年のものづくり経験で培われたんですね。それでは最後に、今後の展望をお聞かせください。
 去年くらいから、金属の3Dプリンターによるものづくりとかも工程に入れたいなと考えています。そうすれば、金型の形状の難しいものが作れるようになる。ただ、それを使ってどう仕事、商売になるかまで考えないといけないんです。今後の会社の拡大は突拍子もない冒険はしなくていい。上流か下流か、枝葉のつくことでないと。
――そうなんですね。碓井さん、今日はどうもありがとうございました。
 こちらこそ、ありがとうございました。

若手社員からの声

牧野 由有奈さん

牧野 由有奈さん

検査と測定の仕事をしている牧野由有奈さん(19)は、入社1年目の新人。「仕事は楽しいです。製品の特長などを早く覚えて仕事の幅を広げていきたいと思っています。検査の班長の南部さんは、多少の困難に直面してもそれを乗り越え、毎日笑顔で仕事をしておられます。まとめることが多く、リーダーシップがあるので尊敬しています」と話してくれました。

「成形の仕事の技術ノウハウは金型に入っていく」と言われた意味がスッと入ってきました。さりげなく言われましたが、自分たちの技術の核がどこにあるのかを見極め、それに特化したことで業績を伸ばされたということはすごいことだなと思いました。
「何事も付加価値の高い仕事が1番」「仕事は納期を守って品質を保ち、当たり前にこなす」という言葉も印象に残っています。経営者の方々の言葉って、実践されているから重みがありますね。
現在では海外に出る日本企業も多くなりましたが、まだ先駆けの時代にいち早くタイに工場を進出した碓井製作所さん。タイ工場の規模の大きさにも、本社より大人数だということにも驚きました。
もしかしたら、自分の車や家族の車にも碓井製作所さんの製品が使われているかもしれません。そんなことを考えたら、なんだか楽しくなってきました。

●DATA●

企業名 株式会社 碓井製作所
住所 上市町正印3-1
電話番号 076-472-4605
FAX番号 076-472-2908
E-mail info@uew.co.jp
設立年月日 創業 昭和48年3月21日(平成25年3月で創業40周年)
設立 昭和54年12月15日
代表取締役 碓井雅人(うすい まさと)
事業内容 ・エンジニアリングプラスチック成形加工
・精密金型の設計及び製作
主な実績 平成2年、タイのバンコクに工場進出
資本金 6,000万円
勤務時間 8:00~16:15、16:00~0:15、0:00~8:15(三交替)
8:15~17:00(日勤)
休日 年間カレンダー制、日曜・他、年間100日、その他有給休暇、
慶弔休暇等
ホームページ http://uew.co.jp/
Facebookページ なし
従業員数 76人(正社員57人、契約・嘱託11人、パート・その他8人)
過去3年間の売上高 平成23年18億円/平成24年18億円/平成25年17億円
過去3年間の採用実績 平成24年3人/平成25年5人/平成26年3人、平成27年3人
福利厚生 / 従業員特典 社員食堂、社宅、保険(健康、雇用)、厚生年金、
厚生年金基金、退職金共済、資格支援、育児休業実績、
保養所、社員旅行、忘年会、新年会、ボウリング大会

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