移住者の声
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~観光経験を活かしたエコツーリズムを~Uターンで富山へ

澤井俊哉さん

魚津市出身の澤井俊哉(としや)さん。東京にいた30年の間に教員やマーシャル諸島政府観光局日本事務所の仕事、まち歩きガイドなどを務めた経験を活かし、平成24年、上市町のエコツーリズム推進員になるため富山へUターン。平成27年4月に上市町観光協会の事務局長に就任した。澤井さんは「上市は広い範囲が自然に覆われているため、ここにしかない風景をたくさん見ることができます。剱岳をはじめ、それぞれ点在している観光地や特産物を結び付けるストーリーを、観光協会で広く伝えていきたい」と話す。

澤井俊哉さん(52)

澤井俊哉さん(53)

 
 

子ども達に現状を知ってもらうため観光の道へ

上市駅にある観光案内所

上市駅にある観光案内所

――上市町との縁を教えてもらえますか。

私は魚津市出身ですが、母が上市町の出身です。母が幼い頃、祖父が地鉄に勤めていたため、上市駅(当時は上市口駅)のそばにあった寄宿舎に住んでいたことがあったそうです。私も上市町にはお墓参りに来ていて、大岩や眼目へもときどき来ていました。大学で東京へ行き、社会科の教員免許を取得してそのまま30年東京にいました。

――東京ではどんなお仕事をされていたんですか?

通信制の高校と連携したサポート校で、9年間教員をしていました。不登校や軽度の発達障がいのある子どもに「学校生活を楽しんでもらうための学校」です。その後、おもに卒業した生徒を対象にした「社会性を身に付けてもらうための学校」を立ち上げ、3年間働きました。軽度の発達障がい(計算や読字などある特定の分野が極端に苦手なLDなど)やそれに似た苦手さをもつ子どもたちが就労支援を受けられるように、ハローワークで状況を説明してまわりましたが、理解してもらうのに大変苦労しました。

――先生をされていたんですね。そこからどのように観光へつながったのか、気になります。

マーシャル諸島の様子(澤井さん撮影)

マーシャル諸島の様子(澤井さん撮影)

教員をやっている時、南の島に行きまくっていたんです。一人旅でサモアに行ったとき、ゆるく流れる時間がすごく良かった。人と人との距離感も、干渉されるわけでもなく、かと言って放っておかれるわけでもない。そういうところが気に入り、南の島国にたくさん行きました。あるとき、「太平洋に浮かぶ真珠の首飾り」と言われる、ミクロネシアのマーシャル諸島の情報が少なく困っていたとき、現地の観光局からマーシャル諸島でスキューバダイビングのガイドをやっている日本人を紹介してもらったんです。そのガイドのおかげで行けることになったんですが、このときの出会いが、のちに観光へつながっていくことになりました。

――特に観光を意識したのはどんな場面ですか

ミッドウェーで見た光景です。私が目にしたのは美しい景色と、野生動物を苦しめているごみでした。ミッドウェーへ流れつくごみは、海流の影響で、多くが日本からのもの。鳥が魚と間違えてペットボトルのふたや100円ライターなどを食べ、子どもにも与えてしまうんです。親は気付いて吐き出す力がありますが、子どもは吐き出せずに「満腹」のまま餓死するんです。そうった現状を子どもたちに知ってもらうことが大切だと思い、旅行会社の人と組んで学生向けの体験ツアーを企画するなど、教員をやりながら旅行と観光の狭間にいました。

――好きなことが仕事になっていったんですね。

はい。43歳で教員をやめた後、マーシャル諸島に行くときにお世話になったスキューバダイビングのガイドから、現地と日本でランドオペレーターの会社を立ち上げたと連絡をもらい、誘われてその会社に入り、マーシャル諸島政府観光局の日本代表として2年間、広報の仕事をしました。現地にもファムツアー(ファミリアリゼーションツアー)で、旅行会社やメディアの人を現地へ案内しました。2年後に日本事務所が閉鎖されたあと、平成22年に東京の神社仏閣を中心とした街歩きの企画・ガイドを始めました。外国人向けに寿司作りなどの料理体験も計画していましたが、平成23年3月11日、東日本大震災が発生。旅行や遊びを自粛するような風潮が広がりました。また地震で、神社の鳥居が割れたりお寺の灯篭が崩れたりといった被害も出ていて、ツアーが難しくなってしまいました。

――街歩きガイドもされていたんですね。その後上市町へ来られたんですか?

そろそろ富山県に帰ろうかなと考えていた時、上市町でエコツーリズム推進員の求人があることを知り、Uターンしました。それまでも年に何度も帰省していましたが、祖母が魚津や富山が大好きで、それをいつも口にしていたので、私も富山が大好きでしたし、いつか帰ろうと自然に思っていました。マーシャル諸島の仕事をしていた時からエコツーリズムに関りがあったので、それを仕事にできたらいいな、いずれは大好きな富山でエコツアーとかの仕事ができたらいいなと思っていました。でも、やるならその土地に入って腰を落ち着けてじゃないとできないため、まず住み慣れた東京で始めたんです。 上市町に対しては独特の趣があるイメージを持っていましたし、母の生まれた土地でもあったので、仕事が決まって、縁があるのかなと思いました。

白萩西部町営住宅

白萩西部町営住宅

――東京からのUターンということで、ご家族から反対はされなかったですか?

妻が東京の人で、いつかは富山にという話はしていたのですが、仕事が見つかるか不安だったようです。けれど東京にいる間にタイミング良く仕事を見つけられたので、子どもと3人で平成24年に戻ってきました。仕事の場として富山に帰ると、思っていた以上に良いところがあると知り新鮮に感じる一方で、「何もない」と思っている人も多いことに戸惑いました。今年の春、子どもの小学校入学のタイミングで、上市町の町営住宅に引っ越しました。空き家も見て回ったのですが、空き家の多くはセルフリノベーションを楽しめる人におすすめですね。

子どもが観光に継続的に関われる仕組みを

上市駅の観光案内所で打ち合わせ

上市駅の観光案内所で打ち合わせ

――お仕事について教えてもらえますか。

エコツーリズム推進員として上市町に来て、平成27年4月に上市町観光協会に移りました。上市町のエコツーリズムは、「観光を活用した持続可能な地域振興」を目的に平成24年から始められました。「地域の宝を伝える、活かす、守る」ため、平成26年度に「上市まちのわ推進協議会(エコツーリズム推進協議会)」を発足し、翌27年度に「まちのわ宣言」を採択。森林セラピー基地がグランドオープンしたほか、まち歩きツアーなど地域資源の発掘にも力を入れています。平成28年3月にはこれまでの取り組みが評価され、第11回エコツーリズム大賞の特別賞を受賞しました。この賞には今後への期待も込められていると思います。

――上市町ではかなりエコツーリズムが推進されているんですね。

富山市天文台に保管されている流星刀

富山市天文台に保管されている流星刀

そうなんです。ただ、エコツーリズムと一口に言っても、どう理解してもらうかが重要です。観光は経済とも結びついていますが、教育とも不可分の関係にあります。地域の人が自分の町を知り、自らの言葉で地域を語り、他の人に自慢できるようなところまで行けば、地域のアイデンティティが確立されるのです。そのために、平成26年から年に一度、上市町の全ての小学校で6年生に向けた出前授業も行っています。マーシャル諸島と日本の深い関係性や現地の暮らしと経済、明治時代に上市町で発見された白萩隕鉄(いんてつ)といった、観光や地域の魅力に関わることを話しています。

出前授業の様子

出前授業の様子

――白萩隕鉄は流星刀の元になった有名な鉄の隕石ですね。出前授業、面白そうですね。

はい。上市町では、小学生は毎年遠足の代わりに郷土について学ぶ「ふるさと学習」がありますが、出前授業では外からの視点を入れるようにしています。例えばマーシャル諸島の人達から見たら、こんなに地面がいっぱいあって雨が降って川があって緑がいっぱいで素晴らしい土地だと思うでしょう。だから、何も無いなんて言わないでほしい。外からの視点に触れることで、「上市いいな」という思いをもって中学、高校と進んでもらいたいです。

マーシャルと上市の生活を比較

マーシャルと上市の生活を比較

また、小学6年生ではパンフレット作りをするようですが、子どもガイドとかツアー作り、ガイドブック作りなど、子どもが継続的に関われる仕組みができたら素敵だな思います。子どもは素直なので、理解してもらいやすいですし、楽しいと思えば周りに言いますよね。そこから、家族の人にも伝わっていけば嬉しいです。去年初めて「まちのわ」の活動の一環として開催されたフォトロゲイニングも同じで、「まちの宝を楽しく伝える」というコンセプトです。私も年長だった子どもと参加したのですが、とても盛り上がって、今年はクラスの友達家族と一緒に参加していましたよ。

他地域と連動して観光客の満足度アップ

観光客に観光地を案内する澤井さん

観光客に観光地を案内する澤井さん

――今後、上市町の観光をどのように振興していきたいですか?

観光はもはやサービス産業の一分野にとどまりません。地域が有する魅力の再発見と外からの視点を組み合わせ、独自資源としての価値を認識していくことが大切です。自然や文化といった地域の魅力を、体験を通して旅行者と住民の両方に伝えることで、価値や大切さを理解してもらい、地域が元気になるという流れを目指しています。東京のメディアの人からはよく、「上市町には本物があるからいいよね」と言われます。剱岳をこれだけの近い距離と存在感で見られるのは上市町だけですし、剱岳が作りだす早月川・上市川の急流河川や種の独特な地形をはじめ、上市町の歴史と文化、自然、産業はすべて剱岳につながっています。さながら、樹木の巨大な幹のようです。上市町の人は「立山連峰」とは言わず、ごく自然で「剱岳」と言いますよね。ものすごく身近でありながら特別な存在感がある山です。山岳信仰が興って栄えた土地柄、自然への畏怖畏敬の念も強いです。大岩でも旅館のおかみさんから、「お不動さんのおかげで」という言葉をよく耳にしますが、そこで商売しておられる方々の生きた信仰を感じることができます。磨崖仏の不動明王はもちろんですが、そうしたリアリティがあるから、本物であり続けることができるんだと実感するようになりました。

――たくさんの観光資源があるんですね。

はい。観光は経済を回すためにも重要な働きを担うものです。上市町でお金を落としてもらうことも大切ですから。同時に、町の中で情報が行き来するための神経となるものです。たとえば、日石寺、立山寺、黒川遺跡、穴の谷、護摩堂など山岳信仰にゆかりのある独自資源を結び付けるストーリーを描き、わかりやすく伝えて、それを体験してもらえるようにしていこうと、いま動いています。

――ほかに澤井さんが上市町で好きなスポットは?

上市町広野から見える剱岳

上市町広野から見える剱岳

たくさんありますよ! 眼目山立山寺の栂並木は町の観光に携わる前、30代の頃にバイクで行って写真を撮って年賀状に使ったほどです。「広野」は地名の通り、広々として剱岳がどーんと見えるところもいいですし、須山の辺りの夕暮れのしっとりした感じは「日本のバリ島のようだ」と言った人もいるくらいで私も大好きです。宮川の第三踏切は、線路の背景に剱岳が綺麗に見えるので、ポスターなどにもよく使っています。種地区は、ちょうど剱岳が見えるように山が低くなっているのが奇跡のように思えて、嬉しくなります。護摩堂に行く途中の高台から見た富山平野も綺麗です。特に4月下旬の水田の時期には、鏡のように夕日が映り込み、何とも言えない美しさがあります。上市町役場の屋上から見える景色もとても良く、「剱岳に抱かれた町」というキャッチフレーズの通りだと感じます。上市は広い範囲が自然に覆われているため、ここにしかない風景をたくさん見ることができるんです。

――素敵なところがいっぱいですね。最後に、今後、澤井さんがやりたいことを教えてください。

群馬県に「上毛(じょうもう)かるた」という、郷土のことを読んだかるたがあるのですが、上市町でも各小学校で、そして上市町全体で、かるたができたらいいなと思っています。子どもたちがかるたを作ったり、それを使って遊んだりする中で自分たちの校区を自ら案内できたらすごく素敵じゃないですか!また、地域に根差した古い歴史や隠れた財産や文化を「町民遺産」としてデータベース化したいです。そういうものがあれば、たとえばその一部を冊子化してフォトロゲイニングの参加者で上市町に前泊した人へプレゼントすることで、上市町に滞在するきっかけになるかもしれません。これからは、上市町だけでの観光にこだわらず、富山県中のいろんな地域ともっと連携した関係を積極的に作っていきたいです。それが、訪れた人の満足度をアップしてリピーターに繋がっていくと考えているからです。

――わかりました。澤井さん、どうもありがとうございました。

こちらこそありがとうございました。

多彩な種類のかみいちTシャツ

多彩な種類のかみいちTシャツ

おおかみこどもの雨と雪、花の特別住民票

おおかみこどもの雨と雪、花の特別住民票

これまでの経験を活かした出前授業をはじめ、フォトロゲイニングなど地元の行事への参加による町民目線での考え方など、様々な側面から上市町の観光をとらえている澤井さん。話が尽きず、楽しいインタビューでした。

「エコツーリズム」は、歴史や文化・自然・地理的条件など地域にあるものを最大限に活かした持続可能な観光産業のこと。地域の資源を知り、守りながら観光にどう活かしていくか考えることは個人レベルでもできることなのだと改めて思いました。ふるさと学習や澤井さんの出前授業のように、上市町の小学生が地元のことを学ぶ機会が多いのは、愛着を持つきっかけとなり、とても良い流れが生み出されているのではないでしょうか。

上市駅の観光協会には、かみいちTシャツなどが販売されているほか、アニメ映画「おおかみこどもの雨と雪」の特別住民票などがあり、楽しい場所でした。みなさんもぜひ、行ってみてくださいね。

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