上市町ではたらく

由緒ある仏師の家系

木彫房 太雲

上市町で唯一の彫刻工房。元は滑川市で元禄時代から続く由緒ある仏師の家系で、日光東照宮の模型を作り、越中の左甚五郎と称賛された「10代長谷川喜十郎」の次男の血筋。現在は10代長谷川喜十郎のひ孫に当たる住吉太雲さんが跡を継ぎ、仏師「長流刀喜十郎」を襲名した。

※現在は大岩に移転されています。

仏師 住吉太雲さん

仏師 住吉太雲さん

10代長谷川喜十郎の子孫

熊野神社の並びにある彫房

熊野神社の並びにある彫房

古野「太雲さんは10代長谷川喜十郎のひ孫に当たるんですか。」
太雲さん「そうです。元々、長谷川家というのは元禄時代から続く家系で、元々は辰尾屋又兵衛という加賀藩の御典医(大名に仕えた医師)が先祖です。いつの頃からか宮大工になり、仏師となって、代々、喜十郎という名前を継承していました。中でも有名なのが、10代長谷川喜十郎です。その長男は滑川で後を継いでいて、次男が僕の祖父・宗雄(宗雲)です。祖父は大阪で修業し、奈良県・京都府など関西で仏師として名をはせていましたが、富山に戻されることになりました。たまたま上市のこの場所で住吉さんというおばあさんの家に間借りしたことから、血縁はなかったんですが名前だけでも継いでほしいと言われて養子に入り、後を継ぐことになったそうです。祖父は住吉宗雲と名乗り、10代長谷川喜十郎の伝統を継承して11代目として『長流刀喜十郎』を冠しました。そして父が聖雲(12代)、僕は13代目に当たります。『長流刀喜十郎』という名前で活動しています。」

倶利伽羅不動の剣に巻き付く龍をイメージした作品「天剣龍」

倶利伽羅不動の剣に巻き付く龍をイメージした作品「天剣龍」

古野「太雲さんは何歳の時から彫刻をされているんですか?」
太雲さん「上市高校を卒業して18歳から彫刻の道へ入りました。長男でしたが元々家を継ぐ気はなく、それまでは全くしていません。埼玉県に彫刻家が教えているKobatake工房という美術学校があったのですが、そこへ入学して4年間、基礎工程から美術全般を教わりました。そこで刺激を受け、卒業後は井波の彫刻師・番匠屋16代 田村與八郎(よはちろう)さんに師事し、5年間修業したんです。」
古野「その後上市に戻って来られたんですか。」
太雲さん「はい。平成16年から父のもとで仏像や木彫刻全般をしていましたが、父の病気で家業の仏師13代「長流刀喜十郎」を今年7月に襲名しました。そうせざるを得ない状況だったので、自然にシフトしていった感じですね。代表になったと言っても、その前から、1から作っていたので僕の中でそんなに変化はなかったです。」

仏像は骨格を大事に

何種類もの彫刻刀を使い分けて制作する太雲さん

何種類もの彫刻刀を使い分けて制作する太雲さん

古野「どんな彫刻家になろうと思われたんですか?」
太雲さん「人と同じものを作るわけではなく、独創性のある作品を作れるような彫刻家です。目標としているのは、名工と言われる方々やご先祖様。個人でやっていると、いろんなところにアンテナを張ったり、情報源を自分で知ろうとしないと入って来ないんです。だから他の彫刻家と情報交換しながらやっています。仏師として必要なのは、仏教の知識。作る仏像によって、ノミの使い方も全く変わってきます。道具だけで、荒彫り用のノミから細かい仕上げ用の彫刻刀まで何百本もあるんです。」
古野「そんなにあるんですか! すごい…。それをどのように使い分けられるんですか。」
太雲さん「ざっくり言うと、まず大まかに体の形を出すのが『荒彫り』、細かい『小作り』、小作りの最終、仕上げに入っていくといった流れです。」
古野「なるほど。では、仏像を作るときに大事なのはどんなことですか?」

製作途中の薬師如来像

製作途中の薬師如来像

太雲さん「仏像は全体的なフォルムも大事ですが、特に骨格を大事にしています。だから僕は骨格重視。衣のシワは付属品なんで。よく、みんな顔とか衣のシワは作りこむんですよ。でも、手と足をちゃんとできていない人が多い。すごい仏像を見慣れた人じゃないと見分けるのは難しいけど…。仏様は裸の上に着ているものが1枚か2枚なんで、体の構造がおかしくなると全部おかしくなる。女性らしさを出したい時は細身で妖艶な感じを出すように作ったり、薬師如来だと胸や腿の張りを出したりします。これは手や首を後で差し込む寄せ木法で作っていますが、ほかにもいろんな方法があります。」
古野「なるほど。材料となる木はどうやって選ばれるんですか?」
太雲さん「ほとんど受注生産なので、お客様のコストに合った材料だったり、ずっしりとした作品にするときは重さのあるものだったり、作品に1番合う木や木目のものを選びます。よく使うのは国産のクス、サクラ、ヒノキなどですね。年輪の真ん中と外側は外し、その間の部分を使うため、太い木じゃないとできません。また、製材してすぐのものは使えないので、最低20~30年置いて乾燥させた木じゃないとダメです。」

彫房にはご先祖様の作品から近作までが並ぶ

彫房にはご先祖様の作品から近作までが並ぶ

古野「そうなんですね。受注生産だと、多少無理なことを言われることもありますか?」
太雲さん「まぁそうですね(笑)。基本的に、お客様に『こういうものを作ってほしい』と言われたら、形や材料の要望に添って作ります。無理な注文も製作前にお客様の納得のいくように話し合います。お客様に満足してもらうのはもちろん、第三者が見てダメ出しされることが無いようなしっかりした作品作りを心がけています。」

生涯で1つは納得のいくものを

大岩の不動明王レリーフ

大岩の不動明王レリーフ

古野「今後、挑戦したいのはどんなことですか?」
太雲さん「仏像というものを、自分が納得できるしっかりした形で作っていきたいです。もう中堅と言うか年も年なので、仕事ができなくなるまでには納得いくものを形で残せればと思っています。大小問わず、自分が納得できるものを生涯で1つは作りたい。」
古野「…ということは、まだ納得できるものが作れていないということですか。」
太雲さん「そうです。」
古野「ご自分に厳しいんですね。」
太雲さん「絶対どこか気に入らないところが出てくるので、毎回妥協との闘いです。職人は自分で作って『これでいい』と思ったら終わりなので、これからもっと成長を続けていきたい。」

越中アートフェスタ立体の部で優秀賞を受賞した「パワースポット3」

越中アートフェスタ立体の部で優秀賞を受賞した「パワースポット3」

古野「そういうことなんですね。県内にはどれくらいの仏師の方がおられるんですか?」
太雲さん「僕が知っている限り、5~6人ですね。彫刻家はもっと多いですよ。」
古野「もちろん、上市町では太雲さんお1人ですよね。」
太雲さん「そうです。」
古野「ほかに挑戦したいことは?」
太雲さん「あと、仏像と現代アートの融合に挑戦したいです。1回やろうと思ったけどやめたんですよね。知識不足、経験不足で。もっとスキルが上がった時にまた挑戦したいです。」
古野「町展で大賞や、越中アートフェスタ立体の部で優秀賞を受賞されているんですよね。」
太雲さん「そうです。」
古野「展覧会などもされているんですか?」
太雲さん「はい。どうしても1人では作品がなかなかたまらないので、3~5人のグループ展を2年前から年に1~2回開催しています。去年と今年は石川県で開きました。今度は富山でも開催していきたいです。」

仏教2000年の歴史の中で

太雲さん(左)と父・聖雲さん

太雲さん(左)と父・聖雲さん

古野「お父さんの聖雲さんにもお話をうかがってもいいですか?」
聖雲さん「はい。」
古野「息子さんが継がれることについて、どう考えておられますか。」
聖雲さん「元々跡継ぎにするつもりはなく、私で終わるつもりだった。滑川の本家も11代目までだし、長谷川系統は消滅するはずだった。でも、いろいろな経緯があって継ぐことになった。元々この世界は、手を持って教えるわけじゃない。本来なら歌舞伎のように小さいうちから身につけ、体に染み込ませて自然に動けるようにしていないといけない。私は5歳のときから父の彫るのを見てきたけど、息子は違う、途中から。でも日本酒の酒蔵には酵母菌がいて代々酒を作っていくように、うちにも300年近い遺伝子が自然に入っている。一般に後で出てくる彫刻家とはっきり違うのは、そこだね。地方仏師としては、こういう形態をつないでいるのは他におらん。井波彫刻の元祖で、息子が修行した番匠屋さんくらい。あそこも息子と同い年。ただ、仏師としてはウチだけだね。仏師というのは、宗教哲学が大事。彫るだけではなく、仏の経典にすべて説かれている、2000年続く宗教的なあらゆる部分を身につけていないといけない。これがあった上で成り立つわけだから、勝手には作られない。」
古野「そうなんですね。さっき太雲さんも、仏教の知識が必要だと言われました。」
聖雲さん「そうでしょう。いまは、私の時代とは全然違うからね。昔は、仏師は大きい社寺に納めるのと一般家庭に納める在家仏(ざいけぶつ、民家に安置する仏像)を作っとったし、親が子どもに手を合わせることを教えたが、今はそういう仕草を教えることがなくなっていった。でも、東日本大震災で目に見えない宗教的な力や大自然の脅威にみんなが気付いてきた。これからは、各家庭でも、在家仏の大切さに気付かないとね。真似事じゃなく、きちっとした仏師が育っていてくれることを願っている。息子には、ギリギリの約束事だけは教えておかないといけないと思ってやってきた。小さい頃からやってきてはいないけど、今の時代にはかえってそれが現代的な新しいものを作ることに繋がるのではないかと思う。老舗の酒屋さんが新しい時代に合わせて商品を作って行くように、息子が時代に合わせていろんな新しいブレンドを作っていく。今年、孫(長男)も生まれたし、次はどうつないでいくかだね。そのうち、彫房の名前も息子の名前にせんと。」
古野「わかりました。太雲さん、聖雲さん、今日はどうもありがとうございました。」
太雲さん・聖雲さん「こちらこそありがとうございました。」

滑川市で有名な「10代長谷川喜十郎」の子孫の住吉聖雲さん・太雲さん親子。太雲さんは、注文を受けてiPhoneケースなども作られたそうです。「まだ納得できるものを作れていない」という太雲さんのストイックさと、「老舗の酒屋さんが新しい時代に合わせて商品を作って行くように、息子が時代に合わせていろんな新しいブレンドを作っていく」という聖雲さんの期待を込めた言葉に、太雲さんの手による彫刻・仏像が今後ますます発信されていくのを確信しました。
ちなみに、刀名(とうめい)の「長流刀」は、10代長谷川喜十郎が天台宗高野山管長の物外師(ぶつがいし)という真言宗の最高僧から昭和2年(1927年)に、末永く栄える刀であるようにと拝受された刀名だということです。歴史の重みを感じます…!
今回は、普段なかなか話が聴けない彫刻・仏師の世界に触れることができ、貴重な体験ができました。住吉聖雲彫房はかみいち総合病院前から続く道路沿いにあるので、作業の様子を見ることができますよ。

●DATA●

工房名 木彫房 太雲
住所 上市町大岩30
設立 創業は元禄年代(辰尾屋喜十郎)、上市では昭和初期
代表者氏名 住吉太雲
事業内容 神仏像、社寺仏閣の修繕・彫刻、欄間、衝立、獅子頭、天神様、額類、
彩色蒔絵塗箔、美術木彫刻全般、古仏復元修理
主な実績 2010年 上市町 町展大賞
2011年 上市町 町展大賞 及び 若葉賞
2011年 越中アートフェスタ立体の部 佳作
2012年 越中アートフェスタ立体の部 優秀賞(富山県文化~)「パワースポット3」
オープン時間 9:30~18:00
休日 不定
instagram https://www.instagram.com/taiun_sumi/

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