上市町でくらす

続・もうひとつの市姫物語

上市町のデザイナー伊東です。

 

前回の「もうひとつの市姫物語」の話は市姫祭りの夜に「ふと思い出した話」だったので、私の記憶に間違いがないか、数年前にこのお話を私にしてくださった「和装洋装こもり」の小森武次さんをあらためて訪ねました。

 

まずは、プリントアウトした公開前のコラムを読んでいただき、間違いがないかを確認。

 

メガネをかけ直し、時々静かに頷きながら、じっくりと目を通す小森さん。

 

しばらく時間が経って、フッと息を吐くように

 

「うん、異論はないです。」

 

と顔を上げ少しの間を置いて

 

「あれは私がこっちに帰ってきたばかりの頃だから、昭和42年から44年ごろだったかな。市姫神社の拝殿を新しくして御神体を移動するということがあって、当時社会教育委員だったおじさんがそれに関わっとって、『あんたに関係のあるかもしれんことだから見とかれ。もう二度と見れなくなるから。』って御神体を見させてくれたんだわ」

 

 

おお、っと私が前のめりになったのを空気で感じられたのか、

 

お店に立っておられた小森さんの奥様が「コーヒー飲まれますか?」

 

 

奥様がコーヒーの支度をされる音を聞きながら、

 

「二度と見れなくなるというのはどういうことですか?」

 

「人目に触れさせるべきものではないということで、埋めることになったんです。」

 

「ということは、今は埋まってて見ようと思っても見れないってことですか?!」

 

「そうそう。私の腰丈ほどある丸い卵みたいなツルツルの石でした。80cmほどはあったかと思います。」

 

「えっ、そんなに大きいんですか?!」

 

「うん、私に御神体を見せてくれた社会教育委員の叔父さんは、『これは片貝川の石なんじゃないかと思う。』って言っとられた。『こんなに大きくてまん丸な花崗岩(かこうがん)はこの辺の川のものではないはず』って、私もそう思った。」

 

「ということはやっぱり三日市というのは黒部の三日市の可能性が高いですね。」

 

「まあ、想像の域を出ないんだけどね。でも、ある時黒部の三日市の市姫神社の関係の方が訪ねてこられたことがあって、市姫物語の話を聞かせてほしいと。」

 

「おお、そうなんですか!なんでまた!」

 

「あちらの市姫神社が道路の拡張かなんかで移動させんといけんということで、それに合わせて社誌を編纂(へんさん)したいという話で、そこに上市の市姫物語を載せたいと。」

 

「ほう。何かやはりゆかりがあるということですかね?」

 

「コーヒーどうぞ。」と奥様。

 

「どうやら向こうの市姫神社には、江戸時代末期に上市の商人からの申し出で市姫神社を分祠したっていう言い伝えが残ってるらしくて、その言い伝えの裏付けとして上市の市姫物語を掲載したいと。 ちょっとまってえ、どこにあったかな」

 

書棚をゴソゴソ

 

「あった。これだ。」

「ほんとだ載ってる!あちらの市姫神社の関係者はここに出てくる三日市というのを黒部の三日市と認識して、というか言い伝えが本当であることの根拠と位置づけてるわけですね。これはある意味こちらの裏付けにもなりますよね!」

 

「まあ、どちらも言い伝えのレベルなんだけどね。ただ、あちらの御神体は石ではないようで、もしかしたら帰り道にそれこそ片貝川で拾って運んだものなのかもしれんね。辻褄を合わせるなら。」

 

「面白いですねぇ!!しかしまた、当時から上市の商人が黒部の市にまで出入りしてたんですね!!」

 

「これも想像の域を出ない話だけど、江戸時代末期の上市の商売屋の内訳みると綿屋とか棉打ち(わたうち)とかその仲買人とかが多くて、当時この辺りで大きな産業だった新川木綿に携わる仕事じゃないかと思うんだけど、黒部の三日市も同じで、新川地区の中でもかなり木綿産業に携わる家が多かったみたい。もしかしたら、向こうで材料を仕入れてこちらで加工してというようなそういう関係があったのかもしれないね。それで上市の商人が出入りしていたんじゃないかな」

 

「なんか、この説はかなりリアリティありますね!!」

 

「あっ、コーヒーいただきます。」

 

とまあこんな感じで、聞くことができた新事実。

 

黒部の三日市に、上市に分祀した話が残っていたなんて。

 

この「市姫物語」は、あるところではただ「三日市」としか書かれていませんが、上市の三日市である解説が入っているものもあり、真相は未だわかりませんが、

 

黒部説はかなりリアルですよね。

 

しかし、ご神体の石の話、

直径80cmもの大きな丸い石、相当重かったでしょうね。

 

これは当時としてはかなり大掛かりなプロジェクトだったんじゃないでしょうか。

 

江戸時代の終わり頃、この町にはどんな風景が広がっていて、どんな人がいて、

どんな経緯で市姫神社分祀の話しが持ち上がり、

どうやって次郎右衛門さんは御神体となる大きな丸い石を持ち帰ってきたのか。

想像すると、ワクワクが止まりません。

歴史のロマンというやつですね。

民話の「市姫物語」よりもリアル市姫物語の方がもっとドラマチックなんじゃないでしょうか?!


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