上市町ではたらく

過酷な訓練を重ね最前線で登山者の命を救う

富山県上市警察署 山岳警備隊 若木徹さん

山岳警備隊を志し、25歳で警察学校に入った上市町出身の若木徹(とおる)さん。上市警察署の室堂警備派出所に勤務し、過酷な訓練を重ねている。休みの日も自主トレーニングを欠かさず、体力や精神力を身に付けている。山が好きで、登山者の気持ちを理解した上で、「山は天候が変わりやすく、夏でも低体温症になることがある。事故を防ぐため、特に気象条件が厳しいということを理解し、それに合わせた装備を心がけてほしい」と話す。

若木徹さん(32)

若木徹さん(32)

 
 

剱岳登頂を機に山岳警備隊を志望

上市町大坪にある上市警察署

上市町大坪にある上市警察署

――警察官になられた経緯を教えてもらえますか?

 上市町で生まれ育ち、テレビなどで地元に山岳警備隊があることは知っていましたが、その頃は重い荷物を背負って人を救助する大変な仕事だというイメージがあるぐらいでした。小学生の頃に父に連れられて雄山に登り、弥陀ヶ原で1泊して遊歩道を歩き、高山植物を見た経験もあります。大学時代は新潟県の山小屋でアルバイトしていた時期があり、山岳警備隊の山での救助活動を見たり聞いたりしていました。バイト仲間の間でも、富山県警の山岳警備隊は有名でしたよ。

――日本屈指の北アルプスで、精鋭が揃っているということですね。

 はい。自分の将来を考えたとき、山の人達との関わりが面白い世界だということと、山の良さ・富山の良さに魅力ややりがいを感じました。地元で働きたいという思いが湧いてきて、2009年に初めて剱岳に登頂したとき、山岳警備隊を志しました。

――剱岳の登頂が心を決められたきっかけだったんですね。

 はい。2011年春に25歳で警察学校に入校しました。大卒の場合は6カ月で卒業です。卒業後は入善警察署に配属されて2年半、その後はずっと上市警察署の室堂警備派出所勤務です。

富山県警察山岳警備隊のメンバー。若木さんは中列の左から7番目

富山県警察山岳警備隊のメンバー。若木さんは中列の左から7番目

――山岳警備隊員は、希望すればなれるんですか?

 富山県警に所属する警察官で、その多くは希望者の中から選ばれます。山岳警備隊員は、警察本部と入善、黒部、上市、富山南の各警察署に配置されています。このうち、山に常駐する専属の隊員がいるのは上市だけです。上市警察署の山岳警備隊員は室堂に常駐する隊員が8人、兼務隊員が6人の計14人です。兼務隊員は、平素は警察官として交番等で勤務しつつ、山岳遭難が発生した場合に山へ出動します。

――山に常駐される山岳警備隊の方は、どのような勤務体制で働かれているのですか?

 不定期ですが概ね1週間山に常駐し、その後数日間の休みがあります。救助活動や捜索活動が続いている場合は、下山できないこともあります。

――山岳警備隊員の方は県外のご出身が多いですか?

 現在は半数程度が県外出身者です。北は北海道、西は岡山県まで。東京も多いです。上市町の出身は自分を含めて2人おります。

日々の過酷な訓練が強靭な心身を作る

重装備で冬の早月尾根を登る若木さん

重装備で冬の早月尾根を登る若木さん

――過酷な現場だと思いますが、どんな訓練をされていますか?

 1日の訓練から、山に泊まり込む長期訓練を含めて年間約50日間の訓練を実施しています。中でも過酷なのは、重い荷物を背負って山を歩く「歩荷(ぼっか)訓練」です。遭難者を背負って搬送できるようになるために、心肺機能を鍛え、体のバランスをとれるよう50㎏を超える荷物を背負って歩きます。冬は約40kgの装備をかついで深い雪の中を1日8時間以上歩き、夜は氷点下となる雪山にテントを張って一夜を明かします。標高2,000m以上の雪稜(せつりょう)では雪庇(せっぴ)を踏み抜いて滑落するなどの危険性を伴います。また、岩登りや渓流での沢登り訓練など、あらゆる登山形態の訓練を行います。こうした訓練で体力がついていかないと、山岳警備隊員として務まりません。

――山岳警備隊を辞めた方はどうするんですか?

雑穀谷(立山町)での救助訓練の様子

雑穀谷(立山町)での救助訓練の様子

 警察官として各分野で働くことになります。中には退職する人もいます。

――厳しい世界ですね。

 ほかにも、普段から自主的に、足りないものを補うトレーニングは欠かせません。40~50kgの荷物を背負って階段や小高い山の昇り降りをするほか、トレイルランニング(舗装されていない山野の登山道を走る競技)をする隊員もいます。休みを利用し、隊員同士でプライベートな登山をすることもあります。県外等へアイスクライミングやロッククライミングなどに行くことも珍しくありません。

――休みの日までトレーニングをされているんですか。ストイックですね。

 仕事もトレーニングも、山が好きだからこそできることです。山の魅力を感じ、山を楽しむ能力を伸ばすことが、仕事のモチベーションにもなります。

――本当に、山が好きでないとできない仕事ですね。

登山者の命を救う最前線

早月尾根上部を登攀(とうはん)中

早月尾根上部を登攀(とうはん)中

――救助の現場で記憶に強く残っているのはどんな場面ですか?

 荒天の中、剱岳の前剱(標高 2,813m)で行った救助活動です。先に救助に向かった剱沢警備派出所(標高 2,524mの剱沢キャンプ場にある)の隊員4人から、遭難者に脊椎(せきつい)損傷の疑いがあるとの報告を受け、自分は室堂から応援隊員として現場へ駆けつけました。雨が降り、視界も効かない上に、夕方が迫る15~16時。ヘリコプターは天候が悪くて飛ぶことができず、人力で搬送するしかない状態でした。岩場などの危険な場所を、ストレッチャーを使って10人の隊員で搬送しました。近くの山小屋に収容し、一晩を明かしました。翌日も天候が回復せず人力による搬送が続き、室堂で救急車に引継ぎました。仲間達と大切な命を救えたことが、今でも強く印象に残っています。ご家族の方からは、「重い後遺症が残ったけど生きていてくれて良かったです。本当にありがとうございました」と書かれた手紙をいただき、助けることができて良かったと心底思いました。

―― 一刻を争う状態で、命を救う現場なんですね。もし、仲間がそうした状態になった場合、パーティーのほかの方はどうされるんですか。

 けがをしていない方でも、安全な場所まで一緒に同行することもあります。先程紹介した現場でも同行者は隊員と下山してもらいました。

――そうなんですね。あまり登山をしない人からすると山は危険が伴うイメージが強いのですが、それでも山が好きな方は挑戦されるんですよね。

 剱岳は厳しいけど、その分、登頂したときの達成感がある山です。山が好きな人なら「いつかは登りたい」と思う憧れの山と言えます。自分は山が好きなので、山に来られる方に対して共感できる面もあるんです。予期せぬアクシデントで事故に遭われた方には、「また元気になったら山に来てくださいね」と声を掛けます。

――救助された方の思いを想像すると涙が出そうな言葉です。後からお礼の手紙をもらわれることも多いのではないですか。

 はい、たくさんいただきます。手紙も嬉しいですし、「あの時はお世話になりました」と元気な顔を見せに来てくれる方も何十人といらっしゃいます。救助の時と顔の印象が違っていても、自分が関わった方であればなおさら嬉しいです。

――救助された方が元気になって来られるのが1番ですね。若木さんが思われる山の魅力は、どんなところでしょう。

 山は自然豊かで、下では見られない景色があり、同じ山でも時間や季節によっていろんな表情を見せてくれるところです。年によって表情は違いますし、生き物もいます。山での常駐勤務をしていますと山小屋など山で生活している人との関わりも深くなり、みなさんの温かさや、山と登山者を助け合って守ろうとする協力関係が大きな魅力です。一緒に現場へ行っていただくなど、密接な付き合いもあります。

――登山者や山小屋の人達など、いろいろな人と触れ合う場でもあるんですね。

山に応じた適切な装備と欠かせない登山届

――登山者の事故を防ぐにはどうすればいいのでしょうか。

 予期せぬアクシデントがある一方で、装備の不備や無理なルート選びが原因と思われる悲惨な事故も目の当たりにします。もちろん登山者の方々には山に来て楽しんでいただきたいのですが、事故に遭う人を1人でも減らせるように自分たちは厳しく接することもあります。事故を防ぐのはまず、登山者のみなさんの心がけなんです。

――特にどんなことに心がけたらいいですか。

 山は天候が変わりやすく、平地との気温差が大きいため、夏でも低体温症になることが珍しくありません。気象条件が全く異なることを理解し、それに合わせた装備が必要です。登山の基本装備としては、「雨具、地図、ヘッドランプ等」ですが、天気の急変などアクシデントに対応できない装備だと事故の原因になります。

――立山登山に行った際、軽装の方も見かけたことがあります。服装はどのようなものが適していますか。

 高山では夏でも長袖・長ズボンが基本です。綿製品は汗や雨で濡れると乾きにくいので化繊のものを選びましょう。また、長袖・長ズボンだと体温調節ができるのはもちろん、日焼け対策、岩場のけが予防にもなります。最近は海外の方、特に東南アジアや香港、韓国の方も増えていますが、観光の気分のまま、ヒールのある靴や半袖などの軽装で登山されることもあります。なかなか意思疎通ができないため、資料を作って英語で注意を促すなどしています。

――そういった資料作りなどもされているんですね。

 はい。また、登山の際には日程やルート、緊急時の連絡先などを記した登山計画書を作成して欲しいです。事前に郵送やメールで出される方もいますし、登山届があると救助の際に素早く動くことができます。さらに、登山者が自分自身で登山届を作ることで、ルートの研究や無理のない計画になっているか等を考えることができ、事故抑止にもなります。登山計画は家族などにも知らせて欲しいですね。計画を知らされていない家族から、連絡が取れないことで警察に相談されることが少なくありません。

――登山届を出すことは様々な面で大事なことなんですね。

 近年は単独登山者が多く見られますが、アクシデントに備え、グループでの登山や山岳ガイドを伴った登山をおすすめします。また、山域や時期によっては登山届の提出を義務化している場合がありますので事前にそれぞれ調べてください。

短時間で栄養補給のできる食事

――夏山シーズンは大変な忙しさだと思いますが、どんな事故が多いですか。

 幅広い年齢で共通しているのが、高山病をはじめとした体調不良、登山道上での転倒、荒天時の道迷いなどです。条件の良い時はヘリコプターによる救助もありますが、隊員による人力での搬送になることも多いです。

――そういったときのために訓練が欠かせないんですね。普段から体調管理などはどうされていますか。

 けが、風邪の予防はもちろんのこと、睡眠時間をしっかりとって休息と栄養と運動のバランスをとります。万が一、発病した場合は高所では回復が遅れるため、直ちに下山して治療に専念します。

――冬山シーズンの前になると毎年、馬場島警備派出所で越冬物資の荷揚げをされるニュースを目にしますが、山ではどんな食事をされているんですか。

 訓練ではジャガイモ、ニンジン、玉ねぎを使うカレーライスや豚汁等がメインです。燃料節約のため、半分調理した状態で持って行くこともあります。肉と野菜を刻んで炒め、味付けし、主にラード等の油脂で具材を包んで凍らせた「ペミカン」と呼ばれる保存用の具材を作ります。

――ラードが入っていると高カロリーですね。

 登山は多くのエネルギーを消費する一方で、持って行ける食料が限られるため、高カロリーの食品が好まれます。私達はお昼ご飯に「行動食」と言って、グラノーラをはじめとした、チョコやおかき等移動中でも手軽に食べられるものをとります。最近はジェル状で食べやすい栄養補給食品もありますね。

――若木さんのおすすめはありますか。

 アミノ酸が主成分のサプリメントです。アミノ酸は疲労回復に効き、顆粒タイプで飲みやすいのでよく持っていきます。

――お休みの日はどんな風に過ごされますか。

 上市町内の商業施設に子どもを連れてよく行きます。自分が子どもの頃は賑わっていた楽しい思い出があります。

富山県警察 山岳警備隊のワッペン

富山県警察 山岳警備隊のワッペン

――地元・上市町で働くことをどのように感じておられますか。

 自分が生まれ育ち、慣れ親しんだ地元で働けることにやりがいを感じています。今後も、少しでも上市町の役に立てればと思っています。

――若木さん、今日はどうもありがとうございました。  

 こちらこそ、ありがとうございました。


山岳警備隊の現場を描いた実話「富山県警レスキュー最前線」

山岳警備隊の現場を描いた実話「富山県警レスキュー最前線」

これまでテレビなどでしか見たことのなかった、山岳警備隊の世界。人の命を預かる過酷な現場では、いざという時に体を張って救助できるよう、普段から過酷な訓練を積み重ねられているということを知りました。若木さんのインタビューの中で、「歩荷訓練」や「ペミカン」「行動食」など、初めて聴く言葉も多かったです。

また、山岳警備隊以外にも、金沢大学医学部山岳部OBでつくる「十全(じゅうぜん)山岳会」のドクター等が剱沢診療所や室堂で診療にあたることもあり、たくさんの方々の思いや行動によって、登山者の方々の命が守られています。若木さんの「また元気になられたら山に来てくださいね」という言葉にすべての思いが詰まっているような気がしました。

3,000m級の山々でなくとも、近場の山へ山菜採りに行かれた方が遭難されるニュースもよく目にします。今後、私も山へ行く際は、装備をしっかり整えて臨みたいと思います。

なお、上市警察署のホームページでは、上市警察署管内の山岳遭難発生状況を取りまとめた山岳遭難白書「試練と憧れ」のPDFをダウンロードして読むことができます。より詳しく山岳警備隊の活動を知りたい方には、山岳警備隊の現場を描いた実話「富山県警レスキュー最前線」もおすすめします。

●DATA●

組織名 富山県上市警察署
住所 上市町大坪5-1
電話番号 076-472-0110
FAX番号 076-472-5210
ホームページ http://police.pref.toyama.jp/cms_sec_police/6234/
Facebookページ なし
設置 1954年(山岳警備隊の結成は1965年)
業務内容

・警務課(案内・受付・広報、警察官の募集、警察安全相談の取扱い)

・会計課(落とし物・拾い物の取扱い、建物の維持管理)

・生活安全課(地域安全活動の推進、少年の事件・家出人の取扱い、ストーカー対策の推進、サイバー犯罪の取締り、銃砲・火薬類の許可事務、古物・風俗営業などの許可事務、悪質商法などの捜査)

・地域課(交番・駐在所の支援、地理案内・雑踏の整理、立番、パトロール、山岳遭難救助、山岳パトロール活動等)

・刑事課(被害届の受理、犯罪捜査、暴力団の取締り、覚せい剤・けん銃の取締り、告訴・告発の受理等)

・交通課(交通事故の捜査、交通違反の指導取締り、信号機・標識の設置、運転免許証の交付事務)

・警備課(要人の警備、極左暴力集団の取締り)

特徴 管轄は、2町(上市町、立山町)1村(舟橋村)の面積約547.5平方Km、人口は約51,000人。管轄地域には3,000m級の山々を有し、立山黒部アルペンルートが通じていることから、毎年100万人を超える登山者や観光客がおり、山岳遭難救助、パトロール活動の拠点警察署となっている。

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