上市町ではたらく

季節を体感できる摘草料理の隠れ名宿

八十八(やとはち)

ニュージーランド大使館や国営ホテルなどでシェフ経験のある店主・三浦心一さん。手間暇をかけて作る、ほかでは味わえない料理とご夫婦のおもてなし、それに「弘法大師の清水」を用いた霊泉風呂でリピーターの絶えない隠れ宿。茶事会席と京懐石料理を基に、自分たちで摘み取った季節の野草や山菜を使う「摘草(つみくさ)料理」が五味五感を刺激する。三浦さんは、「自分で採るタイミング、食べ頃のタイミングを見極めて料理を作れるので、この場所はうってつけですね。都会で同じ料理はできません」と話す。

店主 三浦 心一さん(64)

店主 三浦 心一さん(64)

 
 

ニュージーランド大使館で腕を振るった一流シェフ

大使館時代の35歳の三浦さんが制作した白鳥の氷の彫刻

大使館時代の35歳の三浦さんが制作した白鳥の氷の彫刻

――これまでの歩みを教えてもらえますか?
私は高校卒業後に、料理の道に入りました。京都や東京の料亭で修業し、高野山(和歌山)ではお寺で精進料理の修業もしていました。東京の時代にヘッドハンティングされ、30歳でニュージーランド・ウェリントンにある日本大使館へ行って日本料理のシェフとして勤めました。
――素晴らしい経歴ですね! 日本大使館では、どんなお料理を作られていたんですか?
大使の家族の食べる料理や、日本文化を広めるためのレセプションの料理を3年間作っていました。ジャパンウィーク(国際親善協会が実施、日本の芸術文化の振興・紹介のための国際交流イベント)には、淡路島の人形浄瑠璃のメンバーを呼んで上演されたこともあり、そういった場での料理です。大使の交代を機にニュージーランド国営ホテルに移り、シェフとして3年間働きました。私が帰国した後の話ですが、平成13年には「ロード・オブ・ザ・リング」の完成祝賀会も行われたホテルです。ニュージーランドには計6年いて、その後2年は世界各国のリゾートでホテルのシェフとして勤めていました。

東福寺野自然公園から約2km

東福寺野自然公園から約2km

――帰国されたきっかけは?
当時、永住権も得たのでニュージーランドに永住するつもりでした。でもそれを心配した母が「ハハキトク スグカエレ」という電報を送ってきたため、38歳の時に帰国したんです。帰ると元気で…、良かったですけど(笑)。その後、富山市の高志会館で働き、40歳で八十八をオープンしました。八十八は山の中にただ一軒ある小さな宿です。懐石料理や湯治を楽しんでいただけるよう、来ていただいたお客さん一人ひとりを大切にし、和風オーベルジュとして夫婦2人で心を込めておもてなしさせていただいています。

24時間入浴できる弘法大師霊泉風呂

24時間入浴できる弘法大師霊泉風呂

――八十八さんの場所自体がもう特別な感じですよね。
ここ上市町護摩堂(ごまどう)には、とやまの名水に選定されている「弘法大師の清水」があります。うちは料理もお風呂も弘法大師の清水を使っていて、水、環境、空気を含めた全体で四季を体感していただこうと考えています。護摩堂までお水を汲みに来られ、寄って行かれるお客さんもおられますよ。ここは自然の音に囲まれていて、ひぐらしなどの鳥の声が4時から45分間くらい聞こえます。早すぎる目覚ましです(笑)。タヌキやカモシカもよく見ますよ。

ナイトウォーキングツアーなども実施

床下には霊場とお寺の計108カ所の砂

床下には霊場とお寺の計108カ所の砂

――八十八さんの名前の由来は?
四国の88カ所から命名しました。「八」は点に通じる字。末広がりで、「米」にも通じます。八十八の床下には、88カ所の霊場の砂に加え、20カ所のお寺で祈祷していただいた砂、足して煩悩の数である108カ所の砂が撒いてあります。弘法大師つながりでもあります。また、八十八に東西南北から人が来てくれる羅針盤となるよう願いを込めました。人によっては「やどや」と読む人もいますね。

夫婦2人でおもてなし

夫婦2人でおもてなし

――その名の通り、日本全国から口コミでお客さんが来られるんですよね。
はい。ほとんど宣伝もしたことがないのですが、口コミでお客さんが増えていきました。県外からのお客さんが多く、大学教授や鍼灸師の方など、特殊な職業の方もいらっしゃいます。気功師さんが来られた際、「ここはパワースポットだね」と言われました。外国人のお客さんも多く、去年はドイツ、フロリダ、シンガポールから来られました。そんな時は英語で料理や材料、作り方の説明をしています。

裏庭に顔を出したたぬきの親子(三浦さん撮影)

裏庭に顔を出したたぬきの親子(三浦さん撮影)

――ご経験から、英語はペラペラですよね。
日本語もペラペラですよ(笑)。英語は昔はペラペラだったけど、今は聞くのが中心です。お泊まりのお客さんとは、固い話から柔らかい話まで一晩中話していることもあります。また、オプションで、草木が眠る時間の「ナイトウォーキング」や、土や植物を取りに行くところから始める「苔玉作り」など、体験ツアーも楽しんでいただいています。夜は真っ暗闇になるので、暗さを感じて木の葉の落ちる音が音階になっているのを聴くなど、普段はなかなかできない体験をしていただけます。喜んでもらうって嬉しいことだから、喜んでくれる顔が見たくて、いろいろ工夫しています。

15種類の煮物を作りお客様に愉しんでいただいた季の盛込み

15種類の煮物を作りお客様に愉しんでいただいた季の盛込み

――お客さんにはどんな風に過ごしてもらいたいですか。
周りには、観光地も何もありません。それを楽しんでもらうことです。普段の生活から離れ、美味しい物を食べてゆったりとした時間を過ごしてもらう。年に数回来てくださる方も、「いつ来ても違う料理が出てくるのを楽しみにしている」と言ってくれています。どんなお料理でもお出しできるので、嫌いなものをお聞きすると燃えます。敢えてそれを忍び込ませ、「これまで食べられなかったけど食べられるようになった」という人もいます。
――それはきっと、本物のお料理だからですね。

つゆ草ゼリーの上に嶺岡(みねおか)豆腐と冬瓜、焼いたパプリカを載せた一品。器は茶道で用いる平茶碗

つゆ草ゼリーの上に嶺岡(みねおか)豆腐と冬瓜、焼いたパプリカを載せた一品。器は茶道で用いる平茶碗

手間と暇と時間をかけて作っているからでしょうか。いい料理にはルールがあります。素材の産地や旬から、どういう料理法にしたら1番本質を出し、美味しくできるかをわかっている料理人が作ると、体にはもちろんいいし、本当に美味しい物が食べられるんです。作る料理に対して、ものすごく時間をかけて素材を選んでいます。メニューを作るにしても、経験の蓄積です。家庭料理には家庭料理の良さがありますが、私は家庭でできない手間暇かけたものを出すことに価値があると思っています。食材を見定め、「こういう風にしたらこういう風になる」と料理の理(ことわり)をはかることが大切です。そういった思いを分かってくれる人がお料理を楽しみに来て味わってくれたら、それは最高ですね。

五味五感を刺激する料理

山ふき三昧(有馬煮・柚子胡椒煮・ふきのとう)

山ふき三昧(有馬煮・柚子胡椒煮・ふきのとう)

――お料理について詳しく教えてもらえますか。
「五味五感を刺激する料理」です。茶事会席と京懐石料理を基に、森の四季折々のものを一番大切にして、旬の滋味を味わっていただこうと考えています。自分たちで摘み取った季節の野草や山菜を使って料理することを「摘草(つみくさ)料理」と言うのですが、自分で採るタイミング、食べ頃のタイミングを見極めて料理を作れるので、この場所はうってつけですね。都会で同じ料理はできません。山菜でも採り方があり、例えばふきのとうは金属を嫌うので鎌などを使わずに手で採るとか、翌年のために根は残さないといけないなど、山の恵みに感謝し、配慮しながら採っています。富山では自分で山に山菜を採りに行く人も多いですが、そんな環境にない都会の人に特に喜ばれます。既製品は一切使いません。お抹茶に付けるきんつばも一から作るので、焼きたてを味わっていただけます。お待たせしてしまうこともありますが、お客さんからは「出てきた時の満足度が高い」と言っていただけます。料理は一瞬のもの。作ったその直後に食べていただきたいので、順々にお出ししています。

豆腐をわざとすだつよう煮含め、高野豆腐の衣で友揚げした新食感の「東坡(とば)豆腐」

豆腐をわざとすだつよう煮含め、高野豆腐の衣で友揚げした新食感の「東坡(とば)豆腐」

――全部一から作られるんですね。初めて見るお料理がたくさんあります!
そうでしょう。わらびもちも、太いわらびを粉にするところから作りますし、お抹茶の注文が入ると、妻が外でクロモジを切ってきて爪楊枝を作るところからスタートします。こんな店はほかにないと思います。山菜は採ってきた時間の5~8倍の時間が下処理にかかるので、全部を一から手作りしているお店は珍しいと思います。野菜のむきものは、京都の四条流庖丁道(しじょうりゅうほうちょうどう、平安時代から始まると伝えられる日本料理の流派)で学びました。季節に応じて水仙や牡丹、菊の花の飾り切りやキュウリでカエルの細工をします。

真ん中は白トリュフと塩を振ったトウモロコシとエビの天ぷら、両側の紫は葛の花の天ぷら

真ん中は白トリュフと塩を振ったトウモロコシとエビの天ぷら、両側の紫は葛の花の天ぷら

――目と舌で愛でられますね。どれも本当に美しいです。それでは、最後に今後の展望をお聞かせください。
オープンするとき、100人いたら100人に「あんなところでは商売にならない」と言われたけど、25年続けられてきたのはいいお客さんに助けられてきたからです。今後も自然を大切にして、お客さんには自然の風味をじっくりと味わい、ゆっくりとした時間を過ごしてもらえるようなところにしたいと考えています。


ヨシナを巻いたサワラのみそ焼き

ヨシナを巻いたサワラのみそ焼き

ごま油と葉わさびの効いた絶品そば

ごま油と葉わさびの効いた絶品そば

手間暇をかけて自ら集められた食材は、身近に感じられる素材だけどこれまで食べたことのない味ばかりで、とても美味しく、そして次は何が出てくるのだろうとワクワクしました。個人的には、「間をしのぐ」という意味の「おしのぎ」で出てきたそばが、ごま油と葉わさびが効いていてめちゃくちゃ美味しかったです! 今も味を覚えているほどに(笑)。
凄腕シェフの三浦さんは、新聞が読めるほどの薄さに包丁で大根を桂むきすることも得意。おせちの注文が入ると、「今年もお世話になりました」という思いを込めて、県内のお客さん宅へ直接届けに行かれる京都方式だそうです。お料理と、お客さんとの関係を大切にする三浦さんご夫妻ならではですね。
東福寺野自然公園から八十八さんに向かう道中は約2kmの山道なので一瞬不安がよぎりますが、大丈夫!素敵な笑顔と料理が待っています。大切な人を連れて行きたくなるお店ですよ。

●おすすめメニュー●

 

●DATA●

店名 八十八(やとはち)
住所 上市町護摩堂535 (冬期間は富山市上飯野町3-162で営業し、懐石料理を提供)
電話・FAX番号 076-473-2267
営業期間 3月下旬~12月下旬
営業時間 11:30~15:00(お昼の懐石料理は2日前まで要予約) 夜は完全予約制
定休日 不定休、年末年始
駐車場 10台
Facebookページ https://www.facebook.com/pages/…/575624005859815
業務内容 懐石料理、宿泊(和室8室、20名様まで)、宴会、食事、入浴、湯治 ※慶弔茶事の出張料理も可
店主 三浦心一
オープン 平成3年
設備・情報 禁煙席(ホタル席あり)、座敷、予約可、子どもメニューあり、テイクアウトメニュー(要相談)、クレジットカード不可

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